物言う株主

 本日の日経新聞に、「三井信託銀行が不祥事をおこした5社の株主総会で議決権を行使して議案に反対する」とのニュースが流れた。これは日本の社会主義的資本主義社会において画期的な出来事だと思う。

 今まで、日本の機関投資家(生保、信託、投信)は、物言わぬ株主と言われてきた。私なんぞは、ファンドマネージャーという仕事をずっとやってきた関係上、株主総会の議案に関して、全て「賛成」で良いのだろうかと疑問に感じてきた。運用会社として、投資している会社の株主総会の議案に関しては、きちんと吟味し、それが株主の利益を損なうものであれば、どうどうと反対意見を唱えるべきではないかと感じていた。同様に感じていたファンドマネージャーも多いはずである。しかしながら、@投資している全ての会社の議案を吟味することは、物理的に不可能であること、A機関投資家の多くは株価の上昇のためだけに投資しているわけではないこと、B株主総会で反対意見を唱えると、その後の商売に影響を与えること、C過去には株牛総会でものを言わなくても、右肩上がりの相場の中で十分儲かったこと、等から日本の機関投資家の中で、株主総会の議案に反対したり、株主提案に賛成する投資家はほとんど居なかったのである。

 また、この「もの言わぬ株主」という仕組みが日本の高度成長を支えてきたことも事実だろう。短期的な業績に惑わされずに、将来の売上増を見込んだ設備投資を可能にしてきたからだ。その結果として、会社が株主の方を向いた経営をしなくなったという弊害が目立ちだしたのも事実である。実際、「株価なんてどうでも良い。従業員とユーザーのために会社は存在する。」といった趣旨のことを公の場で発言する大企業のトップすら、存在するのである。

 ところが、高度成長時代の終焉とともに、売り上げさえ伸びれば業績はついて来るという発想では、企業の経営は成り立たなくなってきているのである。株主の資本をいかに有効に活用するかを経営の重要な柱として認識しない会社は、マーケットから、その存在価値を否定されるのである。私のエッセイの中でも、何度となく、「株価上昇のためには、会社が株主のことを考えた経営を始めることが必要だ。」と主張してきた。それを怠ってきたために、株主は徐々に株主であることを辞め、その結果として株価は軟調な展開となり、それが日本の経済全体にも大きな影響を及ぼしつつあるのである。

 ここで一つ考えなければならないのは、経営者が株主の方を向くまで、待たなければならないのだろうかという点である。昨日、ベルデ@伊藤氏とも電話で話したのだが、そのときの結論は、

 「株主が発言しなければ、経営者は変わらないし、その結果として企業の業績だって上向かないだろう。株式の価値だって高まらない。結局、株主の方を向かない経営をする経営者を育てたのは、「ものを言わない株主」であったのではないだろうか。だとするならば、経営者に株主の方を向かせるのも、また株主の責任ではないだろうか。」

 というものであった。

 三井信託が反対した議案が、妥当かどうかという議論をするつもりはない。こういった形で株主が発言権を持つことが重要なのである。このような動きが他に広まることによって、経営者も株主のことを無視した経営が出来なくなるだろうし、それが株価にもプラスに働いてくるのではないだろうか。



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