自己責任

 昨日の日経新聞に次のような記事が載っていた。

自己責任意識は高まらず

迫るビッグバン-個人貯蓄動向調査-外貨商品に慎重
 日本版ビッグバン(金融大改革)で個人の資産運用の機会が増える一方、自己責任の意識は高まっていない−−。貯蓄広報中央委員会(事務局=日本銀行情報サービス局)がまとめた九七年の「貯蓄と消費に関する世論調査」(約四千三百世帯が回答)でこんな結果が明らかになった。  今年の調査では初めてビッグバンを見据えた質問をした。金融商品別にみた自己責任の受け止め方をみると、「自分で責任を持つのは当然」と答えた人が株式では五二・一%と過半数を越えた。しかし、運用が増えている外貨預金では同様の回答が三五・五%、複雑な金融取引を取り込んだハイテク商品でも三三・四%にとどまった。 「ビッグバンの進展によって予想されること」との質問では、「金融商品が複雑になるなど生活に負担がかかる」としたのが三五・九%と回答の中で最も多い。また、外貨建て金融商品についても、六一・六%が「商品内容が難しい」ので保有したくないと回答しており、ビッグバンに慎重な姿が浮かび上がった。

 まず、株式への投資に際し、自己責任を当然と考えている人が50%強しかいないことに驚く。それに比べれば外貨預金やハイテク商品に対し自己責任が当然と考える人たちの比率が30%強といういうのは高い方ではないだろうか。

 そして、気になるのは、『金融商品が複雑になって生活に負担がかかる』とか『商品内容が難しいので保有したくない』と言った考え方だ。ビッグバンというのは、消費者のために行われるものであり、消費者に負担を強い、消費者を困らせるためのものではないはずなのだが・・・。

 何故、自己責任意識が高まらないのか。そして、何故自己責任に対して負担を感じるのか。これらに対して解答を見いだすことが、ビッグバンを生き抜くためにどうしても必要なことだと思われる。先日、某テレマーケティングの会社の説明会に参加したとき、社長はこう言っていた。「現在、消費者は金融機関を商品内容で選択していない。窓口での対応が良いからとか、近くにあったからとか、そんな理由で金融機関を選んでいるのだ。しかし、ビッグバンによって、商品内容での差別化が可能になってくる。その際にその商品内容を啓蒙していくためにはマーケティングの考え方が必要になってくる。」と言うのだ。自己責任意識が低い理由の一つに「よく分からない」と言うのがあるだろう。これを解決するためには理解してもらう努力、つまり啓蒙活動が必要になってくる。そういう意味でテレマーケティング社長の言葉は、ビッグバンの本質の一部を突いていると思うのである。

 ただ、もう一つ重要なことは、「委託」と「自己責任」の役割分担である。つまり、自己責任だからと言って、全てを理解し将来を予測する必要はないということである。投信を例に用いて説明しよう。ファンドの選択は当然、消費者の自己責任である。しかし、だからといってファンドの中身を分析し、そのポートフォリオの行方を予測することで、消費者に自己責任原則をまっとうしてもらう必要はないのである。ファンドマネージャーでさえ、そのポートフォリオがどのような値動きになるのかなんて分からないのだから。(将来が分かるのだったら分散投資をする必要はない。)

 それなのに、一消費者に、ファンドの投資内容を理解するよう求めても、拒絶反応を大きくするだけではないだろうか。ディスクロージャーを徹底する事は、「このファンドは現在こういう銘柄に投資しています。だから、その銘柄を見てファンドが上がるかどうかを自分で考えて下さい。」という極端な自己責任を求めているのではなく、「私たちはこういう考え方で投資しています。だから私たちにお任せ下さい。」こういうメッセージのためのディスクローズだと思うのです。

 つまり、「自己責任」も大事だが、「資金を委託する」という考え方を同時に理解してもらわないと、拒否反応のみが広がり、結局「郵便貯金が一番。郵貯民営化には反対!」となってしまうのではないだろうか。「自己責任」というのは、何処に任せるかをどんな基準で判断するかにあると思うのである。


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