日本の英語教育

 海外に行くと、日本の英語教育が間違っていたのではないかと感じてしまうことが多い。例えば、ビールをお店で注文しようと言うときに、日本の英語教育では、『ア グラス オブ ビア』と教えられる。しかし、実際にビールを注文しようと言うときに、『メイ アイ ハブ ア グラス オブ ビア!』と注文する人なんていない。『ワン ビア プリーズ』で十分である。それよりも、イギリスでは、『ビア』と言っても通じなく、『ラガー』または『ラガー ビア』と言うべきである。こういうことを、きちんと教えるべきではないのか。また、イギリスでは『トイレット』でも通じるが、アメリカでは通じない。『レスト ルーム』である。私がアメリカに行って最初に覚えた英会話は、『ホウェア イズ ザ レスト ルーム?』であった。

 海外に行って、感じるのは文法なんて、別に間違っていても、意志疎通には全然問題ないと言うことである。それよりも、ボキャブラリーとプロナウンス、つまり、単語量と発音である。正確な発音で単語を発音できれば、文法なんてめちゃくちゃでもなんとか通じるのである。逆に発音がきちんと出来ないといくら正確な文法で喋っても、全く通じない。

 しかし、私は今までの英語教育において、そう言った教育は受けてこなかった。なかには外人の先生が正確な発音を教えてくれるような学校もあるだろうが、大抵は、一生懸命受験のための英文法、そして正確なスペルを覚えるように教育されるのだ。ドイツで中国人と話したときにも、この中国人は学会のために来独したといういわばエリートであったが、英語のスペルは結構いい加減であった。話の最中に、それはどういうスペルだと聞いても、分からないことがままあったのだ。それでも、米国でちゃんと生活し、学会で発表することだって出来るのだ。

 そう考えると、私の今までの英語の勉強に費やした10年以上の日々はいったい何だったのだろうと思ってしまう。(英語だけに時間を費やしたわけではないが・・・。)そろそろ、日本の英語教育も、受験のためではなく、海外で生活するため、海外で仕事をするための英語を教えるように、転換すべきではないだろうか。


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