読書備忘録 円の支配者 - 誰が日本経済を崩壊させたのか

 なかなか分厚い、読み応えのある本であったが、中身は一貫している。80年代後半のバブルもその後の10年間の不況も、日銀が意図的に起こしているのだというのが著者であるリチャード・ベルナー氏の主張。彼の会社のサイトでも、彼の主張の本旨であるリクイディティとGDP、株式との関係を見る事が出来る。彼は、このリクイディティは、日銀の窓口規制によって、意図的に操作されてきた。従って、バブルも不況も全て日銀の意図であると主張する。そして、何故日銀がそのような事を意図したのかといえば、構造改革を進め、最終的に全ての権限を手中にするためだと結論付けている

 確かに、流動性は経済にとって非常に重要である。私も90年春ごろに、似たような指標を作って、上司に、「このチャートを見る限り、当面株は下がり続けるのではないか。少なくても、株式の上昇は、リクディティが増してからでないと難しいのではないか。」と進言した事がある。その時には、「うーん、マネタリズムは昔流行ったけどね。」の一言で片付けられてしまった。当時は私も若かったので、「そんなものかな。」と思ったのだが、実際、その後の株価を考えると、当時の私の考えもなかなか捨てたものではなかったのかなと思うのである。

 それはさておき、著者の主張のうち、「日銀が意図して」という部分が引っかかるのである。構造改革を進めるためには、危機感を国民が共有しなければならない。危機感を持つためには、一旦バブルを作り、その後に不況を作り出すのが一番だと、日銀は考えていたと言うのだが、そもそも、会社があたかも一人の人間のように意思を持つことなどあり得ない。何十年にもわたって、シナリオを書いてそれを実行に移したと言う、「黒幕の存在」的な考えは、日本人には受け入れられるかもしれないが、私には胡散臭さしか感じないのである。

 更に、この考えは、「銀行が貸出を増やそうとしたら、確実に貸出は増える。経営者は、常にリスクを取って事業を拡大したいのだから。」という考え方に根ざしている。そしてこの考えは「日本の企業は売上至上主義でシェアを上げる事が目的」という前提のもとに成り立っている。しかし、現在の日本は売上至上主義から利益至上主義に移行しつつある。利益至上主義の企業では、売上が増えると思っても、それが利益率の向上に繋がらなければ、投資は行わない。つまり、銀行が貸出を増やそうとしても、ニーズがなければ増えないのである。

 また、彼の現在の日本の不況に対する処方箋は、「紙幣を刷ること」だとする主張にも異論がある。彼は、「いくら紙幣を刷っても、供給能力が有り余っているのだから、インフレにはならない。」と主張しているが、そんな事はない。確かに、お金を持った人が、工場で生産されるもの(車やパソコン)に対して、需要を感じるのなら、いくら紙幣が有り余ってもインフレにはならないだろう。そして、実際、余剰設備が溢れているのだから、物のインフレは起きないと私も考えている。しかし、インフレは物だけに起きるのではない。80年代後半のバブルは土地と株式にお金が流れ込む事で、起きたのであって、これは資産インフレである。そして、お金が何処に向かうのかなんて誰も予想できないのである。もし、工場で生産できないもの−それは、株式や土地であるかもしれないし、もっと別のサービスかもしれない、もしかしたら「人」そのものであるかもしれない−に流れ込んだとしたらやはり、それはやはりインフレとなるのである。

 ただ、この本の最後に書かれた日本の現状。つまり「不良債券処理を考慮した銀行貸出は既に増加に転じている。従って、日本の景気は既に回復の路を歩み始めている。」との分析には、期待をしたい。その兆候が実際の景況感になって秋口ぐらいに現れてくれれば良いのにと思う。多くのエコノミストは、秋口には危機が来ると叫んでいますからね。



back to my homepage


WebMaster:bobubeck bobubeck@can.bekkoame.ne.jp
©copyright 2001 bobubeck